ちょっと指導を見た方から
「楽しそうでいいですね」
「まずは楽しむことが大事ですね」
というふうに言われることがあります。
「楽しく運動を!」ということはうたっていますが
楽しく、レクリエーション的に、ということは目的として考えていません。
普通にしたら楽しいです。
楽しんでできるメニューも、ゲーム的なものも多いですし
得意でも苦手でも取り組めるような工夫もします。
楽しいものを、盛り上がるものをと思ったら、いくらでもすることはあります。
コオーディネーショントレーニングも
手足を左右別々に動かす、複雑な動きを組み合わせる
いろいろなリズムに合わせたり、合図に反応したりして動く
ボールを複数使う、ジャグリングのように操作できる
グーパー、123、ボールを背中で、頭で…
ただそんな運動をして、多様な動きを経験させる、脳神経系を鍛えるという考えもあります。
運動自体は良いものもあるのですが…
この運動教室は何かのスポーツの大会や試合、記録会に出場することはしません。
試合の成績や競技の記録を目標にすることはありません。
何のためにするのか
運動教室でしたいことは
運動能力を高める
体力をつける
スポーツが上手になる
運動を通して
見る力、聞く力、考える力、学ぶ力
健康に元気にたくましくなってほしい
心も豊かになってほしい
優しく思いやりある人に
友達をたくさん
協力できるように
運動の面はもちろん、ほかの面でも
また、細かく言い出したらきりがありませんが
やはり、学習指導要領にもあるように「生きる力」を育むことが体育・教育の目的だと思います。
「生きる力を育てる」というと
たいそう立派なことを言っているような
そして大人が、指導側が、育ててやる、力をつけてやる
何か偉そうなことを言っているようにも感じます。
そうではなくて、本来は色々なことを体験して
見て、聞いて、肌で感じて、学び、身についていくもの。
また、新たに獲得するというよりは、一人ひとりが生まれながらに持っているものだと思います。
勉強や運動は、その生きる力を育むためのものであるのに
ただただ点数をとるためだけになる
成績のため、試合の勝利のためだけになる
本来の目的からずれた成果を求めるだけになる
その結果が、現在の教育、体育における様々な問題をつくっていると思います。
テストや測定、調査
指標を知ることや、評価することは有意義なことです。
しかし
体力テストのための体育をしても
点数は多少高くなるかもしれませんが、本当の能力は伸びません。
勉強でも運動でも
それをすることで、本当の学力や体力が伸びるのか
将来につながる、役に立つ力が育つのか
勉強は大事
運動は大事
努力は大事
なのですが、その努力は何のため
その指導は何のため、誰のためなのか
我々の指導が
短絡的な結果だけ
大人の満足のためになってはいけない
本人の努力を方向性がずれたものにしてはいけないとおもいます。
常に考えるのは
今、これをすることで、将来どうなるのか
ここで説明して教えたら、この場はできるようになるかもしれない
しかし、長い目で見たらどうするのが良いか
今、このアドバイスをしたら、この試合ではうまくいくかもしれない
しかし、もう少し待ったら自分たちで気づいて考え出すかもしれない
今、言った方が良いのか、待った方が良いのか、違うヒントを出したほうが良いのか、別のことをしてみると良いのか
求めるべきは、その時は成功に見える結果を得ること、そしてそれに指導者が満足することではなく
考えることは、この子の将来の役に立つかということ
トレーニングの話だけでなく
けんかをしている
すぐに止めさせる、仲直りさせる、その方が良いのか
わがままを言っている
言い聞かせて納得させた方が良いのか
けんかをしている子
このけんかは、将来、人とうまく関係をつくれないということにつながるか、暴力的な人間になるだろうか
わがままを言っている子
今言うことを聞かない、泣き叫んでいる、10年後も同じように要求が通らないと大声で泣くだろうか
けんかも必要
兄弟げんか、友達とのけんか
兄弟や親せきが近くにいない、家の外でけんかをするような機会がない、してもすぐに止められる。
(止めないといけない状況は分かります。ダメということでもありません。)
そんな子もいるのかなと思います。
こども同士での関わりが、成長するための大切な刺激
状況によりますが
けんかになったような時、とことんやって、自分たちで解決というか
解決することが目的ではなく、そこでしか得られない経験、学ぶものがあると思います。
けんかにしろ
トレーニングにしろ
それをすることで将来どうなるのか。
迷うこと、失敗したと思うこと、反省することもありますが
その目的と視点、目指す方向性を忘れずにいきます。
今年度もよろしくお願いいたします。